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片腕


「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言つた。
そして右腕を肩からはづすと、それを左手に持つて私の膝においた。
「ありがたう。」と私は膝を見た。娘の右腕のあたたかさが膝に伝はつた。
「あ、指輪をはめておきますわ。あたしの腕ですといふしるしにね。」と娘は笑顔で左手を私の胸の前にあげた。
「おねがひ……。」

娘のその片腕は可愛い脈を打つてゐた。
娘の手首は私の心臓の上にあつて、脈は私の鼓動とひびき合つた。
娘の腕の脈の方が少しゆつくりだつたが、やがて私の鼓動とまつたく一致してきた。
私は自分の鼓動しか感じなくなつた。
どちらが早くなつたのか、どちらがおそくなつたのかわからない。

(川端康成 片腕より)