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耳なし芳一のはなし


「芳一!」と太い声が呼んだ。しかし、盲人は息を殺して、じっとしていた。
「芳一!」とまたもや不気味に声が呼んだ。それから三度目の声が―荒々しく。
「芳一!」
芳一は、石のようにじっとしていた―すると、声はつぶやくように、
「―返事がないな!―これはいかん!……やつめはどこにいるのか、見てくれよう」
縁側に上る激しい足音がした。それはゆっくりと近づいてきて―彼のそばで止った。
それから、しばらく―その間、芳一は鼓動に合わせて、全身の震えるのを感じた―死のような沈黙があった。
ついに、荒々しい声が、彼のすぐわきでつぶやいた。
「ここに琵琶があるぞ。が、琵琶師は―耳が二つあるだけだ!……なるほど、これでは、返事をしないはずだ。返事をするにも口がない―耳のほか、なにも残っていない……よし、わが君に、この耳を持ってまいろう―できるかぎり、仰せのとおりにしたという証拠に」

(小泉八雲 耳なし芳一のはなしより)